2024年5月28日火曜日

【山岳医療】マタニティ登山、マタニティスキー、マタニティクライミングは安全か?

 論文紹介です。

Current Sports Medicine Reports 22(3):p 78-81, March 2023. | DOI: 10.1249/JSR.0000000000001044


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【はじめに】

・妊娠中の運動はさまざまなメリットがあると言われているが、高地で運動することに関する研究は、まだまだ限定的。

(ここでいう「高地」とは、一般に標高2500m以上)


・一般的な慣習としては、「妊婦が高地で活動すること、山の活動をすることは危険だ」と単純に考えられている。


・妊娠中に運動することのメリットは、

自然分娩になる可能性が上がる、過度な体重増加や妊娠糖尿病、妊娠高血圧、早産、低出生体重児を防げるなど。



【高地での運動は安全性なのか?】

・妊娠中のどの期間だと危険か、もしくはどれくらいの期間、高地で活動すると危険か、については現時点であまり正確なデータがない。

・1980-1990年ごろの古い研究では、2-3時間の高地低酸素環境での運動で、25人の妊婦のうち1人が、胎児の一過性の徐脈を呈した。しかし、その後の妊娠経過に問題はなかった。



【現在のガイドラインはどうなっている?】

①the International Climbing and Mountaineering Federation 国際ガイドライン

以下の人は妊娠20週以降の山行は禁止。

・高血圧、妊娠高血圧

・胎盤機能不全

・子宮内発育不全

・母体の心肺疾患、貧血、喫煙


②the 2020 American College of Obstetrics and Gynecology Committee Opinion on Exercise in Pregnancy 2020年のアメリカのガイドライン

「標高約1800mまでは安全だろうが、さらなる研究が必要」

(2009年の同提言では、「さまざまなリスクがある」とコメント)


③カナダのガイドライン

The current Society of Obstetricians and Gynecologists of Canada and Canadian Society for Exercise Physiology guideline on exercise in pregnancy

元々低い地域に住んでいる人は2500m以上の高地で運動してはならない(例えウォーキングでも)。

ただし、エビデンスは不確実。


上記、いずれもあまり具体的な言及はなし。



【他の見方をすれば・・】

・高地に行ってはならない、と厳格に禁止することで、他のアクティビティを制限することに繋がりうる。

・活動制限をすることは、低出生体重児、静脈血栓、早産、その他体調不良に繋がるとされてきた。

・場合によっては社会的orキャリア上の孤独に繋がりうる。

・そもそも、何十年もの間、妊婦は運動してはならないとされてきたが、近年になって運動することのメリットが数々謳われるようになった。

・妊娠中にハイレベルな運動を続けている妊婦は、産後には最大酸素摂取量を維持、もしくは増大さえさせうると言われている。

・高地での運動も最大酸素摂取量を増大する効果があり、妊婦にも有用である可能性がある。



【実際のアウトドア妊婦の研究では】

・どうやら、妊娠女性たちは先のガイドラインをあまり守っていないようだ。


・ソーシャルメディアを利用した2016年のリサーチによれば、妊娠中にアウトドア活動をしている300人の女性のうち、ほぼ半数が妊娠中に高地を訪れていた。

28人は標高4000m以上を訪れており、1人は標高7000mのピークを踏み、2人はスカイダイビングをしていた。


・彼女たちの妊娠合併症、胎児合併症は少なく、高地を訪れていない人たちや一般的なアメリカのデータと比べて同等だった。


・早産率は高地を訪れている人の方が高かったが、胎児に問題(酸素必要性、NICUなど高次機関への搬送、後遺症の残るような問題)が増えたわけではなかった。



【実際のところ、リスクは?】

・有害なリスクが増えるというデータはない。


・ただし、山のアクティビティはそのものに外傷の危険がある。特に、妊娠中期以降は例えウォーキングだとしても転倒に注意が必要。


・しかし、32人のマタニティクライマーを調べたドイツの研究によれば、非妊婦に比べて、マタニティクライマーの外傷の割合は多くなかった。


・非常にまれだが、妊婦の骨盤骨折は、胎盤剥離、胎児死亡に繋がりうる。


・理論上は、マタニティクライマーorビレイヤーが受けるハーネスの衝撃によっても胎盤剥離は起こりうるが、実際にそのようなケースが報告されたことはない。


・大切なことは、怪我のリスクは工夫次第で減らせるということ。

山活動を完全に禁止するよりも、工夫することの方が適切かもしれない。

クライミングのレベルを下げる、フルボディハーネスを使用するなど。


・データは限られているが、クライミングは妊娠中も特別リスクを上げるものではなさそうだ。

おそらく、同じことがスキーや登山においても言えるだろう。


・妊婦が高山病になりやすいというデータはないが、治療薬のアセタゾラミドは催奇形性があるので妊婦は飲んではいけない。



【この論文のまとめ】

・合併症のない、経過の順調な妊婦が、注意深い自己管理のもとに高地を訪れるのは、おそらく安全。

・ただし、高地順応にはより時間をかけるべき。

・合併症を持つ妊婦の場合は、高地のストレスは望ましくない。

 医療機関へのアクセスも悪いため、注意必要。

・重度の貧血、心疾患、肺疾患を持つ妊婦は、医療機関に相談して、個々の対応が必要。


Current Sports Medicine Reports 22(3):p 78-81, March 2023. | DOI: 10.1249/JSR.0000000000001044


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全体的に、妊娠中の山活動に関するデータは限られているようです。

この論文は、筆者の希望的観測や私見も含まれているので解釈に注意が必要かと思います。


妊娠週数や体調に応じて安全に楽しめるように工夫すること、

チャレンジングな山行はしないこと、

山は医療アクセスが悪いこと、

そもそも怪我をしないように厳重注意、

などに留意すれば、十分楽しめるアウトドア活動ができるのではないかと思います。



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